ごあいさつ(日本トルストイ協会会長・金沢美知子 東京大学名誉教授)
 
 日本トルストイ協会はロシアを代表する文豪のひとり、レフ・トルストイの著作と人物に深い関心をもつ人々によって運営されている組織です。トルストイ研究者はもちろんですが、他の様々な領域の専門家や多くのトルストイ文学の愛好者によって支えられてまいりました。本会は1996年、昭和女子大学および人見楠郎第2代理事長のご尽力の下に設立されて以来、トルストイについて国内外の情報を交換し、理解を深めるために、定期的に講演会を開催し、会誌を発行してきましたが、それらは今日、会員だけでなく、広く文学を愛する人々の交流の場となっています。

 トルストイ文学の醍醐味はさまざまですが、彼の作品に表現された思想がフィクションの世界を超えて、しばしば現実社会での実践として試される点もそのひとつです。「トルストイ主義」は彼の思想と行動が結びあわされたところに生まれた言葉であり、生き方、日々の過ごし方、学び方、教え方についての数々の示唆を含んでいます。日本のトルストイ受容史を振り返る時、私たちは白樺派や「新しき村」の運動だけでなく、明治時代以来、多くの先人がこの作家から得た励ましを思わずにはいられません。そうした過去に私たちの新たなトルストイ理解を付け加えることによって、昔日の風景と繋がることができるのも、トルストイを読む魅力です。

 近年、特に若い人々は文学作品に親しむ機会が減少したとも言われていますが、機会の減少は関心が薄くなったことを意味するものではないはずです。作品を「わたし」の「いま」に引きつけて読むにせよ、「わたし」の「いま」を離れて、作家が生き、作品が生まれた時代に身を委ねるにせよ、文学は必ずや私たちの人生を豊かにしてくれるでしょう。幸い、トルストイは82年の生涯を通じて筆力が衰えず、生涯のあらゆる段階において作品を発表した作家でした。読者もまた人生のどの段階においても彼の作品と出会うことが可能であり、早すぎることも遅すぎることもありません。本会が、若い読者にとっても経験ある読者にとっても新たなトルストイ文学の発見の機会となるよう、そして日本におけるトルストイ研究の発展に貢献できるよう、心から願っています。
Copyright(C)2003 日本トルストイ協会 all rights reserved.